くたばってたまるか! ~凶悪な盲腸~

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点滴で命をつなぐ。飲食止めは5日間に及んだ。内服以外の水はうがいだけ。痛みのせいで空腹感はゼロ。

 この2年近く、コロナ禍によりビジネスチャンスにつながる大きなイベントはほぼ中止に追い込まれ、淋しい時間を過ごしましたが、ニュースダイジェスト社が10月22日からポートメッセなごやで「メカトロテックジャパン(MECT)2021」を開催する運びとなりました。ギョーカイにとってはとても喜ばしいことです。

 もちろん、われわれギョーカイ専門媒体も大忙し! スケジュールもどんどん埋まり、ヤル気にみなぎっていた矢先――――。

 私の肉体は、突如として思いもよらぬ悲鳴をあげたのです―――――。

猛烈な吐き気

 発症前夜は10月5日(火)。夕食は手っ取り早く近所のスーパーで購入した唐揚げとハイボールで済ませた。翌日の10月6日(水)になると、朝っぱらから胃の不調を認め、ムカムカして食欲がなかったので、朝食は食べなかった。朝イチに予約していた近所のペットクリニックに年に一度の愛猫のワクチンと健康診断のため向かっている最中―――。

(あらやだ・・・なんだか吐き気がするわ)

 夕べの唐揚げがいけなかったのか・・・・。愛猫の診察を終え、家に到着すると、胃の痛みとともに猛烈な吐き気が襲い、ゲロッと吐いてしまった。急激な体調不良に戸惑う私。

 この日の夜、楽しみにしていたことがあった。緊急事態宣言が解除されたので、懇意にしているレストランに行く予定だったのだ。美味しい料理とワインを楽しみにしていたのに、こんな日に限ってお腹の調子が悪くなるとは・・・市販の胃薬を投入したものの痛みは増すばかりで、今度は胃の痛みから腸のほうへ痛みが広がり、胃が痛いんだか腸が痛いんだか分からない。ここで正露丸を投下。大抵はこれで良くなるはずだ。

 期待は裏切られた。痛みは増すばかりで一向に良くならない。息をするだけで痛む。とうとう身体が真っ直ぐに保てず、横になった私は、海老のように〝つ〟の字で痛みに耐えた。  
お腹が時折ギューッと絞られるように痛い。かと思うと、鈍い痛みがズンズンズンズンズンズンドッコ! ズンズンズンズンズンズンドッコ! と、ドリフターズの歌に似たリズムを刻む。この感覚がどんどん短くなり、とうとう断続的に痛み出した。ああ~もう、我慢の限界! 楽しみにしていたレストランには断腸の思いでキャンセルの連絡を入れたが、すでにこのとき、虫の息。

 これはタダごとじゃない・・・・とりあえず、病院に行こう―――。

 午後の診察時間を待って近所の病院へ向かった。あまりの痛さと吐き気に怯んで一瞬、救急車を呼ぼうと思ったが、時はコロナ禍だ。すぐに対応してくれるかどうかも謎なので、真っ直ぐ歩けぬほど痛みは広がりをみせたが、根性でゆっくりゆっくり身体は〝つ〟の字のまま、近所の病院に向かった。痛い、痛すぎる。オェエエエエエ~ゲェ~~~ッ。

 PCR検査も行い、血液検査もCTスキャンも撮ってもらったが、医師がわたしの名前ではない名前を呼んでいたので気になったところ、どうやら医師が勘違いしていたことを看護婦さんが指摘した。おいおい、やめてくれよ! こんな時に! 

 すでにもう腹部の痛みは我慢の限界だった。ここで点滴を投下。医師は、「血液検査はそんなに悪くないんだけどねえ~」なんていっていたけれど、本当に、それは私のカルテか? さっきの名前のミスで、信用できないじゃないか・・・・と思っていたところ、別の医師がやってきた。一度、医師らは私の周りから姿を消したあと、しばらくして戻ってきて私にこう言った。

 「虫垂が大きくなっているから虫垂炎かもしれない。すぐに入院ですね。薬で散らすか、それで良くならなかったら、ここでは手術の設備がないので、別の病院へ紹介状を書きます。」という流れになった。薬で散らせば1週間だというし、手術するにもここの紹介状があるから安心だ。なにより今はコロナ禍なので、病院に行くにも大変なのは理解していた。

 翌日には出張を控えていたので、こちらもアポのキャンセルを入れなければならず、時計をみたところ、とっくに営業時間は終了している時間帯だったので、メールを入れるため、一度、自宅に戻って、取り急ぎキャンセルの連絡を入れた。せっかく時間を作って下さったのに本当にごめんなさい!

 くたびれて穴のあいた毛玉だらけのパジャマを持ってフラフラと殺虫剤をかけられた虫のように近所の病院へ戻った。

地獄の幕開け

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救急車で緊急手術のため搬送された病院からの眺め

 病院に舞い戻ったのだが、あまりにも痛い。痛み止めの点滴を入れて貰っても一向に良くならないどころか、どんどん酷くなる一方だ。激しい吐き気とともに口から出てくるのは胃液のみ。水を飲むことは禁止されたので、水も飲めず、うがいをするのみだ。そして、猛烈な腹痛。七転八倒というのはこのことで、顔周りの髪の毛が濡れるほど、妙な汗をかいていた。

 何度も痛みに耐えかねて、ナースコールを押しても、我慢を強いられるばかりで、一向によくならない。点滴のお陰で、トイレが近くなり、そのたびに激しい痛みを伴う肉体を起こしてトイレに向かう。おそらく1時間に1回くらいは行っていただろう。もちろん一睡もできやしない。あまりの痛さに、思わず、「救急車を呼んで病院に行きたい!」と言ってしまったが、「ここも病院です。」と返された。妙なことを口走ってしまうくらい痛いのだ。

 痛い痛い痛い!

 看護師の前であまりの痛みに泣き出してしまった私。熱を測ったところ、なんと38度7分の高い値をはじき出しているではないか。猛烈な吐き気と腹痛に加え、高熱も出てしまった。PCR検査は陰性だったのでコロナウィルスには感染していない、となると、この高熱は一体何だろう。本当に盲腸なのか――――。

緊急手術で死を意識する

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手術は無事終了。スマホのお陰で気分が紛れた。

 翌10月7日(木)の午前中。あまりの激しい症状に、入院していた病院から別の大きな病院に救急搬送されることになった。救急車の振動に耐えられるよう痛み止めを打ってもらったが、それでも痛い。ガタガタと車両が揺れるたびに激痛が走る。

 都内の病院に到着すると、ここでもPCR検査が実施され、陰性を認めたところで院内に入ることを許された。痛い痛い痛い・・・。苦しみもがき、すでに息をするにも大変な有様の中で、大急ぎで様々な検査が実施された。頭のほうにあるモニターをみると、血圧を示している上の値が88だったのを認め、絶望的な気分になった。

(こんなに痛いのに血圧が下がるってことは、ああもう、ダメかも・・・。私の最後の食事がスーパーで買った唐揚げとハイボールだなんて・・・・私らしくもあるが、絶対にいやだ!)

 そうこうしているうち、いよいよ手術となった。搬送された病院は腹腔鏡手術数もトップクラスであり、高い評価を得ていると聞いているので安心だ。きっと目が覚めたらこの痛みが消えているだろうと期待を込めて目をつむった。

首都圏直下型地震が襲う

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生気が感じられません。この後、首都直下型地震が襲う

 手術は無事に終了した。が、思ったより悪かった。わたしの虫垂は大きく膨れ上がり、破裂寸前だった。少々穴があいて膿がちょびっと漏れてしまい腹膜炎を起こしていたのだ。破裂していたら、今、この世にいなかったかもしれない。そう思うと、震え上がる。

 思ったより症状が悪かったうえ、予定よりも手術時間がオーバーしたようだが、無事に終わり、管だらけの私は病室へ。血圧計で使用されるような空気袋が両足に装着され、加圧とゆっくり空気を抜く、を繰り返した。血栓を防止するためのものだが、まったく寝返りも打てやしない。

 ガタガタ・・・・・・・・・
 ベッドが揺れ出した。揺れはどんどん激しくなる。

 痛い痛い痛い痛い!
 手術をしたこの日、首都圏直下型地震に見舞われた。なんのバチが当たったのか・・・。

人生は「運」で変わるギャンブルのようなもの

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5日ぶりの食事内容は汁とゼリーのみ。戦争中を彷彿させる。「辛抱しておくれよ・・・これしか食べ物がないんだよ・・・」って感じ。

 虫垂が破裂すると、取り返しのつかない事態に陥る可能性が大きいので、今回、まさに命拾いをした感じだ。たまたま運が良かった、というのを実感しているが、まだまだコロナ禍なので、もし、近所の病院へ行かず、熱が出たあとに救急車を呼んだとしたら、おそらくスムーズに手術までいけたかどうか分からない。

 人生は選択の連続だ。選択を「運」というならば、自分にとってなにが正しい選択なのか、見極める力がものをいう。他人が正しいといっても、自分にとっては選択ミスの場合があるので、やはり己の〝みる目〟を強化するためには、日頃からの行いが鍵を握るのかもしれない。いつでも自分にとってベストの選択ができるように、というのは今後の課題になりそうだ。

 行ってきます・・・といったっきり、この世にお別れをするかもしれないリスクは皆様も持っていると思う。いつ、なにがあっても不思議ではないので、毎日、後悔しないように、やりたいことはすぐやることを実行していこうと決心した今日この頃。退院して家に到着し、愛猫を抱っこして身内の作ってくれたお粥を食べて、大泣きをしましたが、わたしは女性の平均寿命まで元気に働くつもりですから、まだまだくたばることはできません(笑)

さぁ、来週はメカトロテックジャパンが開催されます。私もカメラをひっさげ、取材にまいります。