「宇宙産業ビジネスの展望と課題」 小宮義則・内閣府 宇宙開発戦略推進事務局長に聞く

 人工衛星は、気象予報、GPS、地球観測、電波の届かないところでの通信等、われわれの生活に必要な社会インフラといえるだろう。現在、衛星を保有する国の数は50カ国以上に拡大しているが、打ち上げを含む全工程の宇宙産業基盤を国内に持つのは、日、米、EU、露、中、印、ウクライナ、イスラエル、イランの9カ国。宇宙利用は新興国を中心に発展途上国にも拡大しつつある一方で、自国で衛星開発や打ち上げ能力が乏しい国も多く、市場獲得競争が行われているようだ。現状では最大の商業市場は通信や放送衛星が占めており、防災等を目的とする政府による地球観測衛星調達の需要も拡大している。加えて衛星の小型化や情報処理技術の著しい進展により、リアルタイムに情報収集・配信ができるネットワークを宇宙空間に構築する動きもあり、Google 等も宇宙分野に参入した。まさに時代は情報流通のプラットフォーム形成を目指して市場獲得競争が始まったといえる。

 近年ではスペースデブリ等を除去するベンチャー企業等の活躍も目立ってきており、宇宙産業ビジネスも活性化しつつある。そこで宇宙産業ビジネスの展望と課題について、わが国宇宙政策の司令塔である小宮義則・内閣府 宇宙開発戦略推進事務局長にわが国の宇宙産業ビジネスの展望と課題についてお話しを伺った。

(注:取材は6月6日現在のもので、小宮氏は本年6月17日付けで、特許庁長官に就任しています。)

ビジネスチャンスとウィークポイント


 ―衛星打ち上げサービスでは、ロシア、米国、欧州の占める割合が高く、続いて中国となっていますが、日本の打ち上げが少ないのはなぜでしょうか。
 小宮 ロシアやアメリカがここ数十年間で軍事衛星を多く打ち上げ、稼働中の衛星の数でも突出してこの2カ国が多く、中国の軍事衛星もかなり増加しています。日本は打ち上げ衛星の数からいくと、米・露・EU・中の次ぐらい。インドはこれから増えてくる。どうして日本は他の新興国と違い衛星の数が少ないかというと、日本は安全保障用途の衛星に注力することがなかった。これが理由のひとつとして挙げられます。
 ―軍事大国が衛星の数を牽引しているイメージですね。
 小宮 宇宙は安全保障とのつながりがもともと深い。米国では、宇宙通信やGPSは無人機操縦やミサイル誘導等で利用され、安全保障における作戦上の重要なインフラのひとつとなっています。安全保障のために宇宙利用を重要視しているんですね。日本が安全保障政策を切り離して考えるようになったのは、戦後、アメリカが意図的に日本の宇宙政策を安全保障から切り離したという経緯があったからです。宇宙関連技術を日本に対して制限をした、というのが戦争後の経緯なんですよ。ある意味、この分野では、他国とは違った育ち方をしている結果、衛星の数も他国より少ないのです。
 ―なるほど。そうした中でも今では効率的かつ効果的な宇宙利用を目指す時代となりました。世界の宇宙産業における動向を教えて下さい。
 小宮 宇宙関連ビジネスの約2/3は宇宙を利用したサービス提供、1/4強が関連の機器・設備、残る部分がロケットや人工衛星の製造、打ち上げサービスとなっています。今後も市場規模は増加していくとの見方が強い。これら売上げの大半は政府需要(軍事・民政・科学)で、軍事需要の中心はアメリカです。一方、民生需要については新興国の参入が目立ち、最大の商業市場は通信・放送衛星、地球観測衛星ですが、自国で衛星開発を行えない新興国市場は今後10年で4倍になる見通しです。
 ―日本にもビジネスチャンスがあるように思えますがいかがお考えですか。
 小宮 アメリカは軍隊が宇宙産業を鍛えている側面があります。高精度でそれなりに価格競争力のある衛星というのは民間でも転用すると売れる、というのがアメリカの宇宙産業の育ち方です。ヨーロッパはもともと旧植民地国を中心に衛星サービスを売って、お金を回収することによってヨーロッパの宇宙産業を育てて、その他の地域にも手を伸ばすというのがやり方です。日本は先ほどお話ししたとおり、アメリカからNOと言われて安全保障のための宇宙分野における研究開発が戦後できずにいた経緯もあり、衛星・ロケットの開発に基づく科学技術、宇宙科学に偏重した宇宙政策になってしまった。日本の技術を“売る”ためには解決しなければならない課題をクリアしていく必要があります。

ITと宇宙の融合は始まっている! 産業界の予見可能性を上げ、どうしたら売れるか?

 
 ―商業的にみると過去の経緯からすでに鍛え上げられているアメリカやヨーロッパと比較し、日本はコスト的にも厳しい側面がありますね。
 小宮 科学技術の発展のために宇宙ビジネスを、となるとどうしても一品モノになってしまう。一品モノとは、打ち上げる度に予算査定がなされることを意味します。財政当局には「次の衛星は当然前とは違うことをやるんだよね」と言われ、「当然新しいことをやりますよ」と返答しても、それを受けたメーカー側も前回と違うものをつくるとなると大量生産のようにコスト削減が効かないわけですから、利益確保の観点から、通常は生産にかかる諸費用で回収できるように、と考えるでしょう。そうすると、宇宙ビジネスは官公需依存産業の典型となってしまいます。値段が下げられない、下げられないから海外には売れない、売れないからますます官公需依存度が高くなるという悪循環に陥っていたのが従来の宇宙産業でした。これでは良くない、ということで、現在の方向性として、われわれの生活がより豊かになるよう課題解決の手段として宇宙利用を推進しているのはもちろん、具体的には、昨年1月に宇宙基本計画の改定を実施しました。安全保障政策を真っ正面に据える、ということと、パイを増やすために、宇宙基本計画上に今後10年間の長期的な設備投資計画をつくって、いつ、何発、なにを上げるか、ということを確定させることによって産業界の予見可能性をあげて、まず、宇宙産業が歯抜けになっていくことを防ぐ。そして昨年8月から海外展開タスクを稼動させ、パイを大きくすることを狙いとして海外に宇宙インフラを売ることを開始しました。
 ―売れた、といえば、この間UAE(アラブ首長国連邦)で、はじめて三菱重工が火星探査ロケットの受注が取れました。価格で負けそうなところをよく踏ん張ったと思います。
 小宮 最後までライバルに残ったのはアメリカのスペースXだった。これは価格が安く、金額では負けてしまう、と聞いていました。そこは負けられないので、政府は総掛かりで応援し、「UAEとの間に様々な宇宙協力をやりますよ。日・UAE関係の重要性を考えて下さい!」と猛烈にプッシュしたんです。今後も打ち上げ本数や衛星の製造機数が増加すれば、固定費等を含めて平均コストがだんだん下がっていくので、アメリカ、ヨーロッパと対等な勝負ができるのではないかと期待をしています。が、そこに行くまではまだまだ道があると考えています。
 ―宇宙産業でアメリカやヨーロッパと肩を並べるに至るまで、なにがネックになっていると思われますか。
 小宮 例えばスカパーJSAT社の16機ある通信放送衛星のうち、日本製は1機しかありません。なぜかというと、日本製は価格が高いからです。日本のものは信頼性が高いけれど、アメリカも自国の軍が使っているわけで当然厳しい鍛えられ方をしている。日本のものづくりが良い、といってもそれは日本列島の中の話であって、世界のマーケットに通用するかというとそれは別の次元の問題。衛星は地球を一周し、地球も自転をするので、地球の全てがマーケットになりえるわけで、そうすると地球の中の日本一国だけの話じゃ儲けにならない。地球全体をターゲットにする話に食い込むことができれば宇宙はビジネスになりえるはずなんですが、日本は残念ながらまだ、そこの部分が弱いように感じます。モノを正確につくったり、ロケットが失敗無く上がったり、個々の技術の精度は高いけれど、衛星がトータル的なモノとして、世の中のマーケットに売れるものか、となると、どうしても競争力が弱くなってしまう。これがもっとも典型的に出てしまうのが宇宙産業だと感じています。

宇宙産業の裾野拡大と世界でコミュニケーションができる人材の発掘が鍵

 ―たしかに国内の宇宙産業分野では世界をマーケットとして捉え、“儲ける商売”に結びつける構造が未熟な感じがします。
 小宮 日本の高度成長期はアメリカが軍事でまず実践し、民生転用をしたものがうまくいくと、リバースエンジニアリングをかけて、安く良くつくってアメリカの後を追いかけていく成長の仕方だった。自動車もそうだし、あらゆる機械産業がそれを実践した。ところがあるときアメリカに追いついた結果、先行するモデルのマネをする、ということができなくなってしまった。自ら構築して考えることをしなければならなくなったけれど、ここにウィークポイントがあるように感じます。宇宙ビジネスのように最初から他国のインフラにかかわるようなことは、相手の国に出かけていって「アナタなにが欲しいんですか」と相手の要求を聞いて、要望に合致したものを売り込まなければなりません。性能に優れた衛星だけを売り込む、というのではなく、例えば通信放送で国の通信状況や放送を良くしたいとなると、全体をパッケージ化することも必要でしょう。
 ―日本は素晴らしい技術を有しておきながら、宇宙産業の成長に十分つながっていないような気がします。
 小宮 日本の宇宙産業は、宇宙機器産業と宇宙利用産業の二つがあります。宇宙利用産業は世界的にマーケットも大きく、この100%近くはITと融合化しています。IoT、ビッグデータは、宇宙と完全に融合していると言えるでしょう。ここ5年の間にスペース Xやamazon、googleなどITで大成功をした会社が宇宙になだれ込んでいるのは、宇宙をITのインフラとして利用する流れになっているから。アメリカでは宇宙関連産業がどんどん発達していますが、IT業界の勇者たちが宇宙になだれ込んできて、それを今度は自国の安全保障が使う、という図式になりつつあるんですね。アメリカはITの人達とボーイングやノースロップの旧来の軍事産業的な人々の融合が始まっているし、安全保障用途と民生用との融合も始まった。どこが切れ目だか分からなくなってきているんです。もう一体といっていいでしょう。これが日本とは異なる大きな特長です。日本は技術の融合といっても、どうも分野ごとに分けて考えてしまう。リスクを取ってまで世界に切り込んでいく覚悟が乏しいようにも若干感じています。
 ―地球観測衛星はリモートセンシング技術を使っています。様々な測定器を搭載し、ハイテクの塊と感じます。日本の最も得意な摺り合わせの技術が貢献しそうですが、ビジネス動向が気になります。
 小宮 世界のリモセン画像ビジネス規模は約15億ドル。そのうち安全保障用途が6割、4割を民生及び商業利用が占めています。アメリカの防衛調達が横ばい傾向の中で、米国以外の防衛市場が短期的には市場を牽引し、中長期的には非防衛市場が拡大する見込みです。商業リモセン画像のうち、タスキングによる画像は価格が低下する中で、新たな事業者の参入もあり、今後の動きに注目しています。また、測位衛星の利用による自動車、農機等の自動走行等も期待できます。なんといっても日本は他国が約70m~1mしか認識できない精度のところを数㎝まで確認できる技術を持っているんですから。
 ―世界全体を相手に商売ができるようになるためには日本国内だけを見ていたらいけません、ってことですね。海外市場の開拓に伴い新しい取り組みなどはありますか。
 小宮 宇宙で新しいことが成功するのであれば、日本の他の産業に横展開できるはずだろうな、と考えています。私は昔、経産省で産業機械課長として仕事をしていたことがありましたが、工作機械やロボット等は世界の製造現場の心臓部を押さえており、ものすごく世界性があります。今後も世界でコミュニケーションができる人をどこまで発掘できるかが今後、宇宙ビジネスの鍵となるでしょう。現在、“スペース・ニューエコノミー創造ネットワーク”を創設する運びとなりましたが、これは、既存の宇宙産業に加え、宇宙分野に感心を持つ多様な企業や団体等が集う場でもあります。宇宙をツールとして使う非宇宙ベンチャーも含め、従来の発想をガラッと変えて世界を相手に商売を出来る仕組みを構築し、宇宙産業の裾野を拡大することが狙いです。日本発のグローバルな市場を視野に入れた事業モデルの革新を伴う、宇宙関連新事業への強い意欲を持つ方々と友に成功事例の輩出に向けて推進します。
 ―ありがとうございました。

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