【JTA設立10周年記念特別座談会】「2015年2団体統合へ あの頃あの時」
統合に向けたきっかけ


八角 海外メーカーはM&Aで大きくなっていく中、日本企業が海外と戦っていくことは大きな課題であり、例えばISOでヨーロッパにいいようにリードさせないためにはボリュームが必要だったという背景もあったのではないか。
牛島 そういう意味では2000年代に入ってから規模を大きくしたほうがいいという話はあったが、超硬側としてはメリットが薄く感じられた。2013年のWCTC開催が統合を意識するきっかけになったと思う。
増田 コバルトリスクもあった。この当時、インサートのケースにも警告ラベルを貼るなどの問題も出た。
石川 超硬もハイスでもコバルトが含まれる。ドライ研削をすると作業員が粉塵を吸い込むリスクがあるので、対策する必要があったが、それ以上の規制をかけられるとコストが高くなる。工業会の存在は業界が発展するためにある。コバルト問題もそうだが地政学リスク等が出たときにまとまる力はあったほうが良い。

八角 2013年に開催されたWCTCは皆さんにとって大きな出来事だった。
堀 それまで切削工具業界の皆さんが一堂に会する機会があまりなかった。中小企業の皆様も参加される良い機会だったと思う。
牛島 このときのWCTCがなければもしかしたら、統合がうまくいかなかったかもしれない。
堀 超硬工具協会は大企業が多く、日本工具工業会は中小企業が多かったので、超硬工具協会に飲み込まれるのではないか、という見方も出ていた。
那須 実は、今から22年前の2003年に統合の話が出た時のことを取材している。当時、私は日本機工新聞社の記者だったが、経産省の当時の課長と超硬工具協会会長だったタンガロイの徳永社長、工具工業会会長だった日立ツールの竹内社長が同席し、座談会を開いたが、この時、すでに統合の話が出ていた。また、それ以前の1989年にも統合の話があったようだ。1998年にはフロリダで第1回世界切削工具会議の開催で日本はとりあえず、日本工具工業会の名前で出席したようだが、この年に部材で団体が分かれているのは世界で日本だけだったのではないか。2001年エジンバラでの第2回開催でJCTA(Japan Cutting Tool Association)の名称をつくって参加した。しかしながら、それからさらに10年以上、統合が遅れたということは、相当の反対意見があったと推測している。二度の破談を乗り越え、統合に向けて動かれた皆様は相当のご苦労があったと感じている。